マスコミでは報じられない正しい情報をより多くの方々にお伝えしたいという思いから、《中丸薫のワールドレポートVol.32》の内容を特別に公開することにいたしました。

* 中丸薫のワールドレポートは毎月一日に発行されます。

《中丸薫のWORLD REPORT》 Vol.32 2001年6月号 INDEX

◆国際情勢◆
『山、動く』

小泉新政権が下した「人の道」による最初の英断とは…。
そして、新内閣転覆を画策する勢力とは…。
◆トピックス◆
『ベルギー&イギリス便り』

開発国援助プロジェクトに携わる人たちの、志と行動力
新しさと伝統を再発見するイギリス。

◆交友録◆
『カトリーヌ・ドヌーブ』

銀幕の頂点に立ち、恋愛、結婚、離婚、出産の中で得た、豊かな感性とは…。




◆国際情勢◆
『山、動く』

日本の政治に輝かしい歴史が刻まれた。この原稿を書いている日、小泉首相がハンセン病訴訟の控訴断念を表明したのである。当日の朝まで、「夕方には控訴する旨の公式発表がある」と報道されていただけに、土壇場で官の決定がくつがえされたことに日本全国から驚きの声が上がった。この決定は多くの国民に「今度こそ政治が変わるかもしれない」という希望を与えた。

 首相の決断は、「法」や「官」よりも、「人道」を優先させたものであり、法倫理や判例主義を重んじる日本の官僚主導政治において極めて画期的な足跡を残した。戦後日本では長いこと、「政治家が官僚に従う」という構図の中で政(まつりごと)が行われてきた。例外は田中角栄元首相くらいのものであったろう。だが、小泉首相はその構図を根底からひっくり返し、政治を政治家の手に、国民の手に取り返した。まさに「英断」と呼ぶにふさわしい決断である。私はかつて通産省の審議委員を経験したことがあるが、その時、官の壁がいかに厚いか、身をもって体験した。それだけに、首相の決断を高く評価したいし、控訴断念に奔走した関係者には心から敬意を表したい。本来、政治家とは官僚を統率し、国民の利益を代弁して意思決定をすることを仕事とする。それが、いつの間にやら特定の業界や団体、地域の陳情を通すという悪しき慣習の中に埋没し、「族議員」のとめどもない増殖を招いてきた。しかし今回の一件で、政治家の何たるかを多くの国民が思い起こしたのではないだろうか。

 小泉内閣の最初の功績は、普通のことばで国民に語りかけたことだった。そして今度は、政治に人間らしい感情を取り戻すという功績を残した。その日テレビカメラの前に立った小泉首相、坂口厚生労働大臣、森山法務大臣の表情からは、政治家としてというよりは、ひとりの人間として、ハンセン病元患者たちの苦しみを受けとめ、責任を感じている様子がひしひしと伝わってきた。小泉首相は、控訴断念を表明する直前に行ったハンセン病元患者との面談の中で、何度もハンカチで目をおさえた。また、首相はかねてから、ハンセン病患者の差別問題を描いた一九七〇年代の映画『砂の器』を「好きな映画」として挙げていた。控訴断念を表明後、首相は救済策の取りまとめに奔走した古川官房副長官を呼び、「大変だったけど、いろいろありがとう」と涙を浮かべてねぎらったとも報道されている。

 もう一人の功労者、坂口厚生労働大臣のコメントも印象的だった。同大臣は目をうるませながら、「首相の言葉を聞いて全身の力が抜けた」と報道陣に言葉少なに語った。同大臣は元医師でもあり、当初から「人道的立場から控訴すべきではない」と言い続けてきたが、徹底した官僚の抵抗に直面し、一時は辞意も漏れ伝わってきていた。人の苦しみに寄り添い、涙を流す閣僚などこれまでいただろうか。今回の一件で私はようやく政治が人間らしい感性を取り戻したことを実感した。小泉内閣というのは、混沌とした世の中に道しるべを示すべく、天命を負って誕生した内閣ではあるまいか。

小泉内閣転覆を画策する勢力

 国民の小泉内閣への支持率の高さを示すように、最近は国会中継の視聴率が高い数字を示している。確かに自分の言葉で語る閣僚たちの答弁は躍動感があって面白い。また、閣僚たちがそれぞれの個性を発揮しているのも注目に値する。何かにつけて物議をかもす田中外相の存在感は言うに及ばず、今や「癒し系大臣・塩爺」と呼ばれ、若者の人気を集める塩川正十郎財務担当大臣、かねてから新進気鋭の経済学者として注目されていた竹中平蔵経済担当大臣など、個性豊かな面々が、個性豊かに答弁を行う様子は、なるほど一見に値する。小泉内閣の閣僚たちに共通しているのは、自分の言葉を使い、国民と同じ目線で語っているという点である。小泉首相の所信表明演説では「する所存であります」という演説特有の表現は一切使われず、「やります」「着手します」「断行します」という言い切り表現が使われていた。また、竹中大臣が経済政策について話をするときはいつも平易な表現で、身近な事例を引用する。

 だが、国民にとっていい内閣であればあるほど、その国民感情に逆行する力が働くのが永田町である。今回の総裁選で力を失った旧勢力とそれに連なる利益団体、業界団体、官僚は、虎視眈々と政権奪回のチャンスをうかがい、あの手この手で小泉内閣の掲げる改革を阻止してくるであろう。日本の政治はアメリカと無関係ではあり得ない。今後、小泉政権転覆を狙う海の向こうの勢力が、小泉内閣に対抗する日本の政治家を使って揺さぶりをかけてくることは十分に予想される。その序章が田中外相への攻撃である。

 周知の通り、田中外相の父である角栄氏は日中国交正常化を実現し、中国国内で愛されている日本人である。その愛娘である真紀子女史も北京政府とは極めて近い関係にある。だが、せっかく自民党総裁選で北京政府と近い野中氏、橋本氏らを追い落とし、中国包囲網の強化を狙ったアメリカは、田中外相の存在を快くは思っていまい。そこで権力の中枢からお引き取り願ったはずの経世会やそれに連なるマスコミを使って、田中外相追撃を始めたのである。外相には、父角栄氏を裏切った竹下派・橋本派に対する怨念、角栄氏を陥れたアメリカへの憎悪が見え隠れする。しかし、個人的な感情に引きずられる限り、公人としての足場は危うくなる。それに、角栄氏を陥れたのはアメリカというよりは、日本での角栄人気に危機感を抱いた寡頭権力によるものである。日中国交正常化が検討されていたころ、私はよく「日中関係はどうあるべきか」というテーマで政治家たちにレクチャーを頼まれたものだ。そのご縁と田中外相の能力と素養を思えばこそ、ここはぜひ大局を見据え、日本の外交のために手腕を存分に発揮していだきたいと願うばかりである。

 先日、北朝鮮の金正日総書記の長男と見られる金正男氏が日本に不法入国しようとした事件があった。この事件の真相をめぐっては、「金正日からの権力委譲前の家族サービスだ」「金正日氏の他のこどもとの後継争いが関係している」などさまざまな憶測が飛び交ったが、一説には小泉内閣転覆を狙う勢力と関係があるとも言われている。つまり、金正男氏は小泉政権の発足で権力の座から遠ざけられたある大物政治家と接触するために来日したのではないか、という説である。

 聞くところによれば、金正男氏は独身だという。それが本当だとすると、偽造パスポートはその大物政治家が政権の中枢にいる間は通用したが、政権が代わった今回は通用しなかったとも解釈できる。また今回は、CIAや台湾、イギリスの諜報機関が事前に情報を流してきたと言われている。それらの状況を勘案すると、大物政治家との接触のために来日したとの先の説も否定できない。小泉内閣の誕生で、日本は今間違いなく分水嶺に立っている。せっかく生まれた無派閥の閣僚たちが、過去のしがらみに引きずられることなく、また旧勢力の術中にはまることなく、日本の国益にかなった新しい日米関係、日中関係を築いてくれることを期待したい。

 


◆トピックス◆
『ベルギー&イギリス便り』

五月十四日から二十日まで、ある世界会議に出席するためベルギーを訪れた。その後イギリスに入り、この原稿はロンドンで書いている。

 会議では、開発国援助プロジェクトを進めているNGO、NPO、政府関係者が一同に会し、民間レベルでの開発国援助をどのように進めていくかを話し合った。私も国際問題研究所の代表として参加したのだが、民間プロジェクトの盛り上がりには眼をみはるものがあった。民間プロジェクトは人々の善意を基本として初めて成り立つ。そのムーブメントが世界で大きなうねりとなっていることは、私に大いなる勇気を与えてくれた。

 その勇気の源のひとつは、プロジェクトに携わる人たちの志と行動力にあった。発展途上国には、政情不安、治安悪化、衛生不良がつきもの。安全も食べ物も保証された「先進国」の中にいて政府を批判することはたやすいが、実際に途上国に入り込んで援助活動をするとなると大変な志と行動力を必要とする。会場に集まった人たちはその志と行動力を持った人たち。それも活動のスタート時、多くの人は相当額の私費を投入している。ビジネスでひと財産築き、今度はそれを世界平和のために役立てようと第二の人生を歩みだした人、たまたま行った開発国でストリートチルドレンを見て孤児院をつくった人、アフリカで三人に一人がエイズで亡くなっているという事実を知って看護婦養成に取組み始めた人…私も私費と命を天に預けて行動してきたつもりだが、地球上を東奔西走して活動する方たちと交流を深めて、「益々がんばろう」という気持ちになった。

 IT技術の平和利用へのチャレンジにも希望を持った。今やITは人類共通の資産である。これを善なるものに使うも、悪なるものに使うも人間の意識次第。会議では、全世界をひとつにする手段としてITを使う方法が模索されていた。そのアイデアの中には、三歳以上のこどもたちに「分かち合い」や「絆」など六つの人道的な項目を教えるゲームソフトを開発し、全世界に与えていくというものであった。コンピューターゲームというと大人は顔をしかめるが、どのみちこどもたちが興味を持つものならば、そこに人間の良心を発露させるようなプログラムを搭載すればよい。誰でもがコンピュータに触れるようなマルチメディアセンターの設置とセットになったこのプロジェクトは、ITという新しい手段を活用した人間復興の一助になることが期待される。また、貧しい国にマルチメディアセンターが設置されれば、これまで情報から断絶されてきた人々が世界の情報とつながることになり、自分たちの貧困がなぜ引き起こされているのかを知る手がかりにもなるであろう。会場にはそんな熱気あふれる意見が飛び交い、私もすっかり気分が昂揚してしまった。ロンドンが以前来た時よりも活気づいて見えるのも、その昂揚した気分が続いているからだろうか。

 久しぶりにゆっくりと滞在するロンドンは快適だ。他のヨーロッパ諸国がユーゴ空爆の負の遺産(難民流入、財政ひっ迫など)の解決の糸口が見つからずに苦悩しているのに対して、イギリスはどことなく明るい。景気が多少上向き、失業率が以前に比べて沈静化していることも関係しているのだろう。

 イギリスはいつでも「世界初」の国である。今回、私はある日本の技術をイギリスの大手企業に紹介するために来たのだが、この技術に他国に先駆けて興味を示したのがイギリスだった。そういえば、他国で企画された新しい通信手段を「電話」として実用化し、製品化して売り出したのもイギリスだった。かつて東インド会社を有して「大英帝国」として栄えたイギリスは、伝統的に時代を切り開く感性を持っているのかもしれない。

 かと思えば、古いしきたりや伝統を重んじるのもイギリスである。私が今宿泊しているのは、オックスフォード及びケンブリッジ大学のクラブだが、朝食の時にも男性はスーツにネクタイを求められる。朝早くからきちんと身だしなみを整え、行儀よく朝食に向かう様は「これぞ紳士の国」という雰囲気が漂っている。この朝の光景を見るたび、やわらかなワンピースに身を包んだ私は「女性でよかった」と思うのである。

 ロンドンには、アメリカや日本ではちょっと考えられない、男性だけが入れるサロンというのも今だに多く残っている。こんなサロンがニューヨークにあろうものなら、すぐさま男女同権を主張するロビイストのえじきになりそうだ。いかに相手が「鉄の女」マダム・サッチャーであっても入会させなかったというのだから、サロンのポリシーたるや筋金入りである。反対に、女性しか入れないサロンもあり、何でもかんでも男女同権を主張して眼をつりあげるアメリカの「良識」とは一味違った風情が感じられる。この国は良くも悪くも世界を動かす国であったし、現在もそうである。「二十一世紀にふさわしい、新しい発想で世界のイニシアチブをとってくださいね」。ロンドンの知己に連日私はそう語りかけている。

 


◆交友録◆ カトリーヌ・ドヌーブ

お付きの人も、マネージャーも連れず、彼女はひとりで私が対談場所に選んだ日本料理店に姿を現した。柔らかな生地のブラウスとスカート。美しいブロンドの髪は無造作に後ろで束ねられていた。いろり端に腰かけた彼女の顔は、九年ぶりに二人目のこどもを出産した充実感と艶っぽさに満ちていた。

 「母になることはすばらしいことです。こどもたちがどう育つかはこどもたちの自由で、私が立ち入ることはできません。でも物ごとに深い理解を示す、他人に寛大な人間になって欲しいですね」

 二人のこどもは別々の男性との間に生まれた「異父兄弟」であった。二人目のこどもの父親は妻子のある身であり、彼女は「未婚の母」であった。だがそれは彼女にとってどうでもいいことだった。彼女は結婚を否定しているわけではないが、「結婚そのものには興味がない」のだ。

 「今の私は、自分の好きな仕事をし、その仕事の中で人間関係を大事にしていきたいという希望を持っています。トップに立っている人たちではなく、人間として正しいことをしている人たちとお付き合いをしたいんです」

 かつて世界一の女優になりたい、と語っていた彼女は、その頃紛れもない大スターになっていた。その華やいだ生活の中で恋をし、破れ、結婚し、離婚し、こどもを生む、というめまぐるしい経験を経て、彼女は人間としての真の幸福は何かに目覚め始めているように見えた。

 希望通り銀幕の頂点に立ったドヌーブ。そんな彼女にとってこれから出たい映画とはどのような映画なのだろう。

 「コメディに出たいわ。笑うことが大好きだから、人々を笑わせたいんです。だって、笑いは映画の中で与えられる最大の楽しさなんですから」

 彼女の楽しげな表情と向かい合いながら、私の脳裏をふと「高慢で、冷たくて、閉鎖的」という彼女の評判がよぎった。だが、私が会ったドヌーブは、どこまでも虚飾を嫌い、自分の見たもの、聞いたことを大切にする豊かな感性の持ち主だった。

 


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